駆潜艇(鋼製船体)
アイコン | 意味 |
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません | |
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです | |
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です | |
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です | |
インターネットやTVゲームに登場する事柄です | |
不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です |
- ※純トン数(net ton: N/T)は、総トン数(gross ton: G/T)から、機関室、船員室、バラストタンクなど貨物を積載できない部分の容積を差し引いたもので、純粋に貨物を積むことができるスペース(容積)を表す
- 排水量:270t 全長:51.72m 幅:6.58m 吃水:2.37m 主機/軸数:ジェネラル・モータース式16-258Sディーゼル2基(シリアル・ナンバー5584、5585)、ジェネラル・モータース式6-233Aディーゼル2基(75kWジェネレーター2基付き、シリアル・ナンバー5586、5587) 出力:3,760馬力 速力:21.8kt 航続力:12.0ktで3,000浬 兵装:50口径76mm砲2基 乗員:士官3名、下士官43名
- ※1938年5月17日にExperimental Small Craft programとして立案された。この計画では165フィート型Xボート X-Boatsと呼ばれた
艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
PC-451 | デフォー・シップビルディング社 | 1940/8/10 | 1945/12/2 | ◎建造所ではハル・ナンバー166 ◎1939/9/25 起工 ◎1940/5/23 進水 ◎1946/12/5 海事委員会に移管 |
- 排水量:284t 全長:52.97m 幅:7.01m 吃水:2.02m 主缶:Beasler缶2基 主機/軸数:ド・ラヴァル式タービン2基 出力:4,000馬力 速力:21.8kt 航続力:12.0ktで3,000浬 兵装:50口径76mm砲2基 乗員:士官3名、下士官55名
- ※1938年5月17日にExperimental Small Craft programとして立案された。この計画では165フィート型Xボート X-Boatsと呼ばれた
艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
PC-452 | デフォー・シップビルディング社 | 1944/5/1 | 1945/10/3 | ◎建造所ではハル・ナンバー167 ◎1940/3/14 起工 ◎1941/8/23 進水 ◎1945/3/10 艦種を非分類雑役艦(IX-211)に改め、カスティーン Castineと命名 |
- 排水量:140t 全長:36.88m 幅:4.41m 吃水:1.82m 主機/軸数:ディーゼル2基/2軸 出力:1,000馬力 速力:16.0kt 兵装:7.62mm機銃6基
艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
PC-454 (1、2) |
Robert Jacob, Inc. | 1940/10/16 | 1944/9/27 | 1944/10/14 | ◎1940/8/12 海軍が取得、艦種を駆潜艇(鋼製船体)(PC-454)に改める ◎1943/7/15 艦種を沿岸哨戒ヨット(PYc-46)に改め、インペトゥアス Impetuousと命名 |
- 排水量:83t 全長:29.41m 幅:5.00m 吃水:1.82m 主機/軸数:300馬力のTriebler式12-cyl. ディーゼル2基(1933年に6気筒Sterling式ガソリン・エンジン2基に換装、1947年に250馬力のジェネラル・モーターズ式6気筒ディーゼル・エンジン2基に換装)/2軸 速力:18.0kt 兵装:50口径76mm両用砲1基、機銃2基、爆雷投下軌条2条
艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
PC-455 | Herreshoff Manufacturing Co. | 1944/10/14 | ◎1940/9/20 1930年8月2日進水、1930年竣工のニュー・ヨーク州ニュー・ヨークのRobert E. TodのヨットKatoura(オフィシャル・ナンバー229475、1933年にAlfred L. Loomisに売却)を海軍が$1で購入、ニュー・ヨーク州ロング・アイランドのGreenportのGreenport
Basin & Construction Co. で駆潜艇(鋼製船体)に改装 ◎1940/11/4 艦種を駆潜艇(鋼製船体)(PC-455)に改める ◎1941/2/27 運用開始 ◎1941/3/1 PC-455はボストンに向けてニュー・ヨークを出発し、第1海軍区 1st Naval Districtの任務に就いた ◎1943/6/16 ペイトリオット Patriotと命名 ◎1943/7/15 艦種を沿岸哨戒ヨット(PYc-47)に改める |
- 総トン数:125t 純トン数:85t 全長:32.53m 幅:5.41m 吃水:2.43m 主機/軸数:8-cyl. スーパーチャージャー付きCooper-Bessemer式EN-8ディーゼル機関2基/2軸 出力:1,200馬力 速力:22.0kt 乗員:20名
艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
PC-457 | Robert Jacob, Inc. | ◎1940/8/16 1939年竣工のイリノイ州シカゴのCharles A. Tilt(Diamond T Motor Co. の社長)のヨットTrouper(オフィシャル・ナンバー238645、1、2、3)を海軍が$15,000で購入 ◎1941 運用開始 ◎1941年3月、プエルト・リコ地域に到着 1941年8月14日、プエルト・リコ、サン・ファンの北22マイルにて1093型貨物船Norluna(USSBハル1776)と衝突し沈没(1941年8月13日の早朝、貨物船NorlunaはSt. ThomasからチリのSantiagoに向かう途中、プエルト・リコの北海岸沖で、パトロール中のPC-457と遭遇した。衝突の約30分前、哨戒機はNorlunaに接近し、そののち離れた。そしてふたたびNorlunaに接近した。ケリー F. オニール三等航海士 Third Mate Kelly F. O'Nealの言葉を借りれば“最初に近づいたとき、プレジャー・ボートだと思いました。大声で叫んでいて、騒がしい群衆のようだった。船上でパーティーをしているようだった。パトロール艇はNorlunaの左舷から30フィートほど離れたところにいて、ウィンカーで私たちの名前を綴るように言われた。ウィンカーを出す前に、私は操舵手の男性に“船側から離れろ”と叫んだ。N-O-Rまで綴ったところで、モーターの轟音が聞こえ、船尾が船首の前に消えていくのが見えた。私は手を伸ばしてエンジン・ルームに合図を送り、船尾を全速力で後進させた。安全策としてそうしたのですが、衝突してしまいました」。Norlunaの船長、デヴィッド F. アトウッド船長 Captain David F. Atwoodはこう証言した:“10時15分から10時30分の間に出航し、11時52分に衝突が起きたとき、船の振動で目が覚めました。叫び声と混乱もあった。私はすぐに操縦室に駆け寄った。パトロール艇が見えた。私は警報のスイッチを切り、艇員たちは外に出てボート・ステーションに報告した。視界は良好で、風は中風から強風だった。海は波立っており、わずかにうねりがあった。私はエンジンの停止を指示し、三等航海士に救命艇の出航を命じた。エンジンが停止して間もなく、巡視艇が漂流を始めた。私はサーチライトを照らし、ついに沈没するまで2時間半、その姿を見続けた。水中に人がいるのが見えた。私の乗組員はまず、リング・ブイ、救命胴衣、ロープの端や切り口など、浮くものなら何でも、泳いでいる男たちのそばに投げた。船は残骸と生存者に可能な限り近づき、第1救命艇を旋回させ、水中と筏から生存者を拾い始めた。救命艇は墜落から約8分後の12時までに着水。救命艇は船長と15人の乗組員とともに12時34分に帰港した。パトロール艇のディンギーも5名を乗せて接舷した。男性1名が負傷した。腕と腹部に軽い切り傷があった。彼はほかの者とともにほかのボートに移され、収容された”第1救命艇が接舷したとき、パトロール艇の艇長であるキャンベル大尉 Lieutenant Campbellがマスターを要請した。第1救命艇が接舷し、2名が行方不明であることが判明した。ボートはふたたび出航し、午前1時32分に帰港した。 PC-457の副長フィリップ・ロック少尉 ENS Philip Locke, USNRはこう報告した:“あのわずか数分の間に起こった全てのことを、私はまだ覚えていない。最初に衝突があった。船全体が震え、すぐに沈没が始まりました。衝突から5分も経たないうちに、私たちの船は沈んでしまった。乗組員は即座に船を捨てざるを得なかった。救命胴衣をつけたり、救命ボートを出す余裕のある者はほとんどいなかった。私たちの船には、ボルティモアの予備役が11名ほど乗っていた。マッケナ McKennaとオズボーン Osborn以外は全員助かった。私たちは誰も怪我をしなかった。救助艇が私たちを拾ってくれるまで、どれくらいの間、海の中でじたばたしていたかはわからない。設網船マンケート Mankato(YN-40)、沿岸警備隊の巡視艇マリオン Marion(WSC-145)、そして曳船が私たちを拾ってくれた”) |
- 排水量:380t 全長:46.93m 幅:7.31m 吃水:2.59m 主機/軸数:Winton式6-cyl. ディーゼル2基/2軸 速力:17.0kt
艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
PC-460 | コンソリデーテッド・シップビルディング社 | 1940/10/16 | 1944/11/20 | 1944/11/27 | ◎1940/9/4 1930年建造のニュー・ヨーク州ニュー・ヨークのArthur DavisのヨットEldaを取得し、ニュー・ヨーク海軍工廠で駆潜艇(鋼製船体)に改装 1942/1/24 パナマ湾にて潜水艦S-26(SS-131)と衝突し損傷、S-26を沈没させる ◎1943/2? アラバマ州モービルにて修理(1、2) ◎1943/7/15 艦種を沿岸哨戒ヨット(PYc-50)に改め、スターディ Sturdyと命名 |
- 排水量:190t 全長:45.72m 幅:7.31m 吃水:2.62m(平均、満載時) 主機/軸数:ディーゼル機関/2軸 速力:15.0kt 兵装:50口径76mm砲1基
艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
PC-509 | Herreshoff Manufacturing Co. | 1941/12/27 | 1944/9 | 1944/10/14 | ◎1940/10/7 1929年建造のHarold Stirling "Mike" VanderbiltのヨットVaraを取得し、ニュー・ヨーク海軍工廠で駆潜艇(鋼製船体)に改装 ◎1943/7/15 艦種を沿岸哨戒ヨット(PYc-51)に改め、ヴァリアント Valiantと命名 |
- ※データは港内哨戒艇YP-105の項を参照
艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
PC-510 | コンソリデーテッド・シップビルディング社 | ◎1940/10/18 1927年建造のヨットSybaritaを取得し、駆潜艇(鋼製船体)に改装 ◎1941/9/22(1941/10/8?) 艦種を港内哨戒艇(YP-105)に改める |
Update 24/09/24